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投稿⑧

なんとあの東京大学大学院教育学研究科教授の本田由紀先生から賛同メッセージを頂きました。

本田由紀先生本当にありがとうございます。 


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 現代社会において、すべての人間は、考えや意思を表明する自由を手にしています。デモはそのような手段の一つです。ですから、自分がおかしいと思うことについて、同じように考える人たちと一緒に、おかしいという声をあげることは、まったく正当な行動ですから、自信をもって実行していただきたいと思います。
 
 ただ、できるならば、そうした声をあげることが、できるだけ実質的な問題の是正につながるように、試みていただきたいと思います。現状の問題点や改善の方向を、デモに参加せず外から見ている人たちにもわかりやすい形で提示することや、より広い範囲の人々からも賛同してもらえるような観点で取り組むことが、おそらく有効だと思います。

 たとえば、今回の「就活」というテーマであれば、それが大学生だけでなく、他の教育機関の在学者や既卒者にも及ぶ問題であり、企業にとっても合理性や効率性を欠いたものであり、社会全体にとって弊害が大きい、という捉え方や主張をしてもらえることを願います。
 
 日本の人々は、これまでの数十年にわたり、デモなどの表現手段に訴えて意見を主張する経験をほとんど欠いてきました。今それがやや変化しつつありますが、私はまだ、この社会の人々にとって、自由に、かつ明確に意見を述べるということの「練習中」なのだと思っています。ですから、どんどんやればいい、やらなくてはならない。人々が行動して経験を積まなければ、進展もないからです。
 
 ただ、言うまでもなく、どれほど工夫や努力をしたとしても、デモで声をあげれば社会がすぐに変わるわけではありません。社会は大きく、鈍重だからです。ですから、このデモがどんな形で終ろうとも、その「先」をさらに見据えていていただきたいのです。別の言い方をすれば、仮にデモが「失敗」したとしても、がっかりなどしなくていい。それに取り組んだこと自体がすばらしいのであり、これが始まりなのです。
 
 このように考えるからこそ私は、就活デモを実現しようとしているみなさんに、心から敬意を表し、応援したいと思っています。  本田由紀



【プロフィール】ほんだ・ゆき ●1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育学博士。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2003 年~2005年東京大学大学院情報学環助教授(併任)を経て、2008年から東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学コース教授。主な編共著に『学力の社会学――調査が示す学力の変化と学習の課題』(岩波書店)『大学就職の社会学――データから見る変化』(東京大学出版会)など。著書に『若者と仕事―― 「学校経由」の就職を超えて』(東京大学出版会)『教育の職業的意義――若者、学校、社会をつなぐ』(ちくま新書)など。

Comment
この方の意見に私も同意します。

デモをしようという気概は素晴らしいと思います。
しかし、その内容がデモを行う者として非常にあやふやで雑多、かつそれらの内いずれの主張点も詰められていない。
そしてそれが、デモ対象や第三者へ伝えるという重要な作業の妨げになっている。

コメントを投稿している方々からそう何度も指摘されてきましたが、結局そのことは無視され続けられたままデモを敢行するという結論を受け、極めて遺憾に思うところです。

今年のデモでは、一般社会へ波紋を起こすにはかなり物足りないでしょう。
しかし、デモは継続することができます(今年、このデモにマイナスの評価が付いた場合は、根本的なカイゼンが必要になると思いますが)。
来年の実行委員となる方々は、【伝えるためにはどうしたらいいか】という点を重視し、デモの実行へと準備を進めて頂きたいです。

今年のデモには期待しませんが、来年以降のデモには期待しています。
非常に核心をついた、重要なメッセージであると思います。

まずやることが大事、ということが今回の趣旨であることは既に嫌というほど伝わりましたし、
またそれ自体も否定しませんが、
必ず『その先』を意識することを忘れないで欲しいと思います。

今回は騒ぐだけなんだ!で満足して終わってしまってはあまりに粗末ですので…
デモをするときに、構成員間の均質性を求めるなど愚の骨頂。
主張のるつぼとなって、情熱を散らし、社会に漣を起こしてください。応援しています!
デモ関係者は「コドモ扱いされている」ということに気付かないだろうな。
厳しいことを表面的に優しい言葉でオブラートに包み、成長を示唆する。
最近良く言われる「ゆとり世代の扱い方」の典型的文章。
表面的には優しいが、指摘内容は従来の厳しいコメと同様。
22歳の自立したオトナに向けた文章ではないね。
コドモ向け文章。

>できるだけ実質的な問題の是正につながるように、試みていただきたい

→ 現状のデモ方針では実質的な問題の是正につながらない

>現状の問題点や改善の方向を、デモに参加せず外から見ている人たちにもわかりやすい形で提示すること

→ デモ関係者以外には方向性が見えない

>より広い範囲の人々からも賛同してもらえるような観点で取り組むこと

→ 現状では身内にしか賛同されない

>(略)という捉え方や主張をしてもらえること

→ 問題の捉え方や主張が間違っている

>それに取り組んだこと自体がすばらしいのであり

→ デモの内容は失敗、デモを実施した行動そのものは本人の成長につながるだろう


つまり

「あなたたちにはデモを行う自由も権利もある。

 しかしながら現在のデモ方針では実質的な問題の是正につながらない。
 デモ関係者以外には方向性が見えず、身内にしか賛同されない。
 それは問題の捉え方や主張が間違っているからである。

 今回は失敗の可能性が高いが、あなたがたはまだ社会経験が低く何が社会に影響を与えるのに有効なのかも分かっていない。それでも今回の失敗はあなたがたの成長には役立つであろう。今回の失敗にめげず成長に向けて努力しなさい。」

というメッセージだね。
デモ内容は全く無意味であるが、デモを行うこと自体があなたがたの成長には役立つだろうね、という内容。

文体が優しいのは「打たれ弱いコドモに示唆を与える」伝え方。
つまりお子様扱いされてるよ。

今回は見るに見かねての子供扱いでの優しげなメッセージだろうけど、社会は22歳をコドモ扱いしないよ。22歳が失敗すればオトナとして信用を失い、失敗を取り戻すのに大変な思いをするだけだよ。

社会への責任転嫁のデモで大失敗するよりも、撤退する勇気、撤退する経験を積む、という方が今回は有効だと思うね。
子ども扱いをしているつもりはありません。現状云々とは別に(そこまで詳細に「現状」を把握してはいません)、一般論として望ましい方向を述べているだけです。もし子ども扱いをしているような印象を与えたとすれば私の書き方がよくなかったかもしれませんが、すぐ上のコメントは過剰な深読みと決めつけのもとに書かれおり、書いた者の意図とは、ずれています。
コメントに対するコメント、それに対するコメント。

執筆者本人の意図が上記のとおりであるならば、偶然の一致だったということだね。

「あなたたちにはデモを行う自由も権利もある。
 しかしながら現在のデモ方針では実質的な問題の是正につながらない。
 デモ関係者以外には方向性が見えず、身内にしか賛同されない。
 それは問題の捉え方や主張が間違っているからである。
 今回は失敗の可能性が高いが、あなたがたはまだ社会経験が低く何が社会に影響を与えるのに有効なのかも分かっていない。それでも今回の失敗はあなたがたの成長には役立つであろう。今回の失敗にめげず成長に向けて努力しなさい。」

このような厳しい表現の大人向けメッセージを、子供向けにオブラートに包むと、ちょうど本投稿における元の応援メッセージとほぼ同様の表現と内容になる。そのような一般的事実も存在する。

したがって、執筆者が深読みであると断言するのであれば、大人向けを子供向けに書き換えたものと「偶然一致した」ということになるね。

たとえ、元の投稿の応援メッセージの執筆者が、これは子供向けではない、と表明しても、それとは別事実として、大人向けメッセージを子供向けに直したものと一致する文章だな、と判断する大人も居るということもお忘れなく。

そのような偶然の一致が執筆者の意図に反するならば、そのような偶然の一致が発生しない表現の応援メッセージにすべきだと思うね。また、それが行われていない、あるいは行うことができなかった、ということが示す事実も「大人向けを子供向け表現にした」という判断を後押しする材料になっている。


また、繰り返しになるけれど、教育の視点からしても、実行委員らの今後を考えると、今回はなかなか経験できない「撤退判断」「撤退行動」を学習するチャンスだと思うけどね。
進んでも退いても怒られる、という状況で、あえて全体リスクの低い「退く」を選択するのは大変に勇気が必要なこと。自尊心の抑制が必要だからね。それを学習するまたとないチャンス。
単発が湧いてきたなw
このデモは相当都合が悪いらしいw
一番問題なのは賛同メッセージとして公開した運営側が
このメッセージの内容を理解していないことだよね。
理解とは実行するまでを意味しているのであしからず。

子供向けと書いてる人もいるけど
子供向けですら理解できないというのはどうなんでしょうね

あと今日含めて4日ですね。
デモ当日がどういうことになるのか今から楽しみです
デモ内容じゃなく
書き方に文句を言う…

執筆者が違うと言っても
書き方が悪いと反論…

子供向け、大人向けか。何でそれを議論するのか?

私は頭が悪いのか、今回の投稿はすんなり頭に入りました。読みやすさを考えてくれたのかな、と思います。
投稿メッセージに文句をつける、更に反論までにも文句をつけて自分の解釈が正しいとする。

このブログの主旨は違います。デモを議論をしているので、貴方の解釈はコメントする必要はありません。

私も批判のコメントは何度かしていますが、筆者が違うと言ったら何故『違ったのか』と思えないのか、人の揚げ足をとっているようにしか聞こえません。

私のコメントにもきっとコメントをして文章の間違いや色々と指摘するでしょうね。
>投稿メッセージに文句をつける、更に反論までにも文句をつけて自分の解釈が正しいとする。

これこそ、お前が言うな、ですね。
自分は正しい、という前提での一人語りですよ。


>このブログの主旨は違います。デモを議論をしているので、貴方の解釈はコメントする必要はありません。

さらに、その典型。
ブログの主旨まで勝手に決めますか。それともブログ主ですか?

あなたのコメントが正しいとすると、あなた自身のコメントも同様にデモの議論ではないので完全に不要ですよ。


自分の不要コメントは許されて、他人のは許されない、とでも考えているのでしょうかね。

自分の投稿内容が自分の行動の正当性と一致していない、つまり矛盾したコメントで他人に文句を言っているという事実にお気付きになられていないようですね。
このコメント欄に関しては、筆者が「そんな意図はない」と言った時点で話は終わりでいいでしょう。
頭から決めてかかる人は建設的な話に向きません。

わざと支離滅裂なことを書いて相手の反応を楽しむ。そんなネットの暗い部分も、このブログ(コメント欄)には見受けられます。それの一種ではないでしょうか?

もちろん以上は私個人の考えです。
>と言った時点で話は終わりでいいでしょう。

と自分で決めてかかっておいて次の行で自分の行動も全否定。

>頭から決めてかかる人は建設的な話に向きません。

まさにそのとおり。あなたは建設的な議論に向いていません。



>わざと支離滅裂なことを書いて相手の反応を楽しむ。

今あなたが実行していることですか?
行動と書き込み内容の一貫性がありません。支離滅裂です。


しかしこのデモの関係者の方は、本当にこのデモのあり得ない程のワガママな論旨に本心から気付いていないのだろうか…?
建設的なコメントには一切応答していないし…
いやいや、このブログはデモについて議論するためのものじゃないですよ。
議論なんてこれっぽっちも為されていないじゃないですか。

ここは、デモ実行委員会とその賛同者の願望を一方的に発信する場です。
批判や質問にきっちり反論すれば自らの主張を補強できるというのに、それを放棄してただ賛成意見のみの拾い上げに傾倒した、社会に対する説明責任を軽んじている学生が運営しているブログ。それ以上でも以下でもないでしょう。


僕はそう考えることにしました。
そもそもこれならコメント欄はなくてもよかったのかもしれませんね

質より量といっておきながら賛同者を増やす努力はせず
不確かな現状での賛同者のみを呼び寄せる手法はどうなんだろうと思います
いつまでこの記事をトップにしてるの?
この記事が投稿されるまでは1日に何回も更新してたくせに。

デモの情報の発信を止めてでも、学者からのメッセージを見せびらかしたいの?
本末転倒だね。
賛同者メッセージがもうないんだろ?
言わせるなよw
ここで非難している人々って
ここで非難している人々ってこれまでに労働環境や社会問題など一切問題が無い、不公平はない、改善するべきことはないと思っている方たちが多いのでしょうね。

一体普段から何を考えて生きているんでしょうか?

趣味やゲーム、お笑い、こういった改革しようと立ち上がった人たちをひたすら

「叩くこと」

を生きがいにしたり、とにかく立場の弱い者を叩いたり、矛盾を突いて揚げ足取りをしてストレス発散しているのでしょうか?

これまで社会問題や労働環境を改善しようと立ち上がったことが無い人が、このデモへの助言ではなく、単なる

非難、中傷、揚げ足取り

をする権利はないですし、単なる妨害、嫌がらせ行為であると思います。

日本は民が主である民主主義社会と言いながら社会問題の提議、問題周知、是正のために声を上げることをひたすら非難、叩く人は北朝鮮にでも行ってください。

ここ日本は、民主主義国家なので、日本国憲法第3章の条文で認められている、

集会・結社・表現の自由

が認められています。助言ではなく非難や単なる中傷は妨害行為だと思います。



23日のデモ成功させましょう!応援しています。
これは日本の民主主義を成長させるいいキッカケにもなると思うので。

多くの非難コメントは、このデモの主張・論理を正確に理解していないまま、或いは理解しようともせず、感情的に罵詈雑言を駆使して非難しているのみであり、主張そのものへの批判ではない。
いわゆる誹謗中傷というものである。
文が長い、読みにくいと言っている人たちが多いが、まともな本を読んだことがないのであろうか。
感情的に非難するよりも、少しは本をお読みになって、読解力を補われてはいかがだろうか。
今までのコメントの中には理解できる批判もありましたよ。
ただ、その批判や質問に対して本部からの返答はいっさいなかったため、見捨ててしまった人も少なからずいるのではないかと思います。
そして、今でもコメントをして反応してくれているのは批判ではなく非難をする人たち...
というだけではないでしょうか。

私はデモをすること自体には大賛成です。
が、本部の姿勢、主張がとても甘く、学祭気分でやっているのではないかと思わざるをえないですね。


僕も強い言葉で焚き付けたりしてたんで言えた立場じゃないわけですが、それを承知で言わせてもらうと、これは自業自得じゃないんでしょうか?

何をやるのかと問われてまともに回答できず、建設的な批判をよこせと言ったその身でそれへの無視を貫き、次々と投稿されるのは個人のエッセイばかりで団体としての主張・見解はぼやかしたまま。

デモを理解するための質問すら捨て置かれては、皆不快に感じますよ。
質問や批判が当を得ていないのなら、反論して意志を示し直せば良かったんです。
それが“伝える”ということなんですから。

それをしないで賛同メッセージの掲載ばかりに執心しているから、説明を求める者のコメントが語気の荒いものとなっていって、それに触発されて揚げ足とり・誹謗・中傷が増えていくんです。


まあ、当然の成り行きじゃないでしょうか。
賛同と異論
 以前少しコメントをつけていたもので、前から言っていましたようにデモの趣旨や基本的な主張には賛同します。

その上で、最近の流れや賛同について、賛同者として異論を出したい。

 まず、上記コメントにあるように「分かっている私たち」と「社会問題に興味が無く、お笑いが好きな馬鹿たち」のような、単純な対立図式を私は拒否するということ。

 それというのも、このデモの難しさは、やはり就職・労働市場においては周囲よりも比較的有利な立場にある人々が行っている、就職活動に対する批判だという点にあるからです。
 私は貧困や非正規の問題に関心があり、そうしたデモに参与することもあるのですが、私の視点からすれば優先して主張すべきなのはこれら非正規や失業、社会保障の手薄さの問題であり、就活はこれに付随して起こっている副産物のようなものです。だから就活に対して声を上げるなとは全く思っていません、むしろ大学生が声を上げるのは当然のことです。

 しかし自称、偏差値の高い大学の学生が、就活をおかしいというのはOKだとして、これに対して批判や確かに内容のない非難のようなコメントをつけられた場合、私からすると、そうした非難は、例えば大企業正社員の地位にある、「社会問題に興味の無い馬鹿」たちだとは直ちに思えないのです。
コメントをつけている人がどういった人なのかは分かりませんし、本当のところはどうでもいい。これはその声に対する想像力の問題です。

 しかし、場合によっては既卒者で厳しい労働環境にありながら、自称「偏差値の高い大学生」による就活批判デモに対して「社会はそんなに甘くない」っていう言葉を発している可能性もあるとすれば、それを「お馬鹿さん」たちとさらに嘲るデモ参加者に、私は言論の正しさを認めません。
 以前運営者だったと思いますが、このデモに批判が来るのは、デモが社会の規範に対して異議を申し立てているから本人が批判されていると勘違いするのではないかと書いていて、これはある程度まで正しいと思いますが、デモに対する批判がどういった人々からきている可能性があるのかを考えないと、賛同者の私から見ても独善的に映る部分もあります。しかし比較的まともな批判のうちいくつかは、その独善性に対するものではなかったのでしょうか。

 また、以前の賛同コメントがそうであったように、「嫌韓流」などのレイシズムを扇動するような著者の本を持ち出して、そのまま著者の言をなぞって「高齢者vs若者」の構図を導入しようとする賛同者とも、私は全く連帯できません。そもそも、「嫌韓流」を持ち上げるような賛同メッセージを、掲載してくれと頼む運営の姿勢にも強く反対します。(それで私が、就活とは無縁の人生で、現在自営業をやっている在日コリアンの友人にこのデモへ一緒に行こうと言えますか?)

 そういうわけで、デモには参加しますし基本的に賛同しますが、幾つかの点では一致できません。このデモがやはり難しい立ち位置からの主張であることと、もっと丁寧に向き合って、自分たちが直面している問題を主張すると同時に、自分たちが比較的には多くの人よりも有利な位置にありながら、しかしそれでもなお問題を提起しようと試みることの意味を、もっと突き詰めて欲しいと願いながら。
事実誤認
>ただ、その批判や質問に対して本部からの返答はいっさいなかったため、

これは事実誤認でしょう。ちゃんと回答、見解を述べてますよ。ピンポイントで回答はしてませんが、文面からコメント欄にあった批判に対する回答であろう部分はありますよ。

よく読んでくださいね。
どこの文面にあったのか知りませんが、
更新されるのは賛同メッセージばかりであって、
質問や批判に対する本部からの応答がないといっているんです。

わかりやすく言うと、
コメントへの反論、回答はピンポイントでされなければ伝わらないということです。
デモの支持者、賛同者を増やすための場ならば、本部は、多くの人に伝わる、わかりやすい対応をしなければならなかったと思いますね。
もう手遅れという感じが否めませんが。
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
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プロフィール

「就活ぶっこわせデモ」実行委員会 (就活デモ@東京)

Author:「就活ぶっこわせデモ」実行委員会 (就活デモ@東京)
 こちらは2011年「就活ぶっこわせデモ」のブログです。私たちは2011年11月23日(水・祝)、勤労感謝の日に「就活ぶっこわせデモ」を実施致しました。当日はたくさんの方々にご参加頂き誠にありがとうございました。実行委員一同より厚く御礼申し上げます。
 このデモを通じてより多くの方々に就活を巡る問題について考え議論する機会、あるいは就活に疑問を持つ方々が改めて自分の意見を主張する場を提供できたのであれば、それだけでもこのデモを行った価値はあったものと私たち実行委員は考えております。

 さて、2011年市井の皆様を度々お騒がせしてきた「就活ぶっこわせデモ」ですが、2012年1月18日の対談イベントを最後の活動とし、我々就活ぶっこわせデモ実行委員はひとまず解散致します。ご協力下さった関係者各位の皆様方には、この場を借りて厚くお礼申しあげます。本当にありがとうございました。
 今後就活問題に関する活動は「就活生組合」がその任を担っていく予定でございます。よって今後の活動ついてのご質問、及び取材依頼等のお問い合わせは、「就活生組合」方にお願い致します。


就活生組合

http://www.shukatsu-union.org/

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